自分が情けないと思う瞬間

自分が情けないと思う瞬間ってあります。でも、その次の瞬間には「だから頑張るぞ!」にはなっているのですが、何だかこれって良いエネルギーに感じられないんですよね。でも何だか最近、見えるものは同じでも少し良いエネルギーを感じられるようになってきました。
何が違うんだろう?

私が自分が情けないと思うのは、一人で全部しようとしちゃうこと。好奇心旺盛だから、やってみたいんだよね。でも結局物理的に無理で、体調を崩した昨年。それでも乗り切ってしまった自分が、「良くやった」と褒めてあげたいところだけれど、もしもこれを一人でしようとしなければ、違う部分にエネルギーをかけられるだけではなく、雇用の確保になったのかも?なんて思うと、好奇心と、自分ができることはとことんやろうという思いは、独りよがりだったのではないかと考えてしまって、「情けないな」「小さいな」って思うこともあります。

だからこそ、違う動きをと思い、HP作成をお願いしたりもしました。おかげで立派なHPになったし、名刺も素敵になりました。けれども、今度は、当時いっぱいいっぱいで逃げていたことや、優先順位を下げていたことが、気になりだすのです。
「なんだ!結局気になっているなら、その時すればいいのに!」と今なら思うことも多々あります。「ああ、情けない」とまた思う。

結局、こんなことを繰り返しながら、私は日々、その情けないと向き合いながら、前に進んでいる気がしました。

ただ最近、ちょっとだけ変化したことがあるとしたら、傍目には変わらないのかもしれません。バタバタ見えているのかもしれません。
けれども、こうしたいためにここを育てたい。とか、60歳になったらこうなっているから今これをしておかなければ・・・。など、以前より穴埋めというよりも、山を積み上げていっている感覚があるのです。
何より揺るがしがたい認めてくれる人が居ることに気付きました。

気持ちの持ち方や、考え方が少し変化しただけなのでしょうが、明らかにエネルギーロスしている感覚は少なくなっているのです。
優先順位を以前下げていたことも、今やっておかないと60歳からの夢が遠くなるようで、今やらなくては!と気合が入る感覚。無理矢理背中を押される感覚もない。

それだけに、なぜ情けないって思っちゃうのかが不思議な感覚だったけれど、どこかで「自分は頑張ればもっとできるんだ」なんて勘違いしていたんだろうと思うし、今も勘違いしているんだろうと思います。だからこそ、「そんなはずはない」「こんなはずはない」「できるはずなのに情けない」なんて思ってしまうんでしょうね。

最近気づいたのは、こんな過小評価しているようで、自信を持てている自分も居るんだろうなと思うと、何だか最近は自分を根っこでは「すごい」なんて思っちゃっている自分に「まだまだだぞう」と言ったり、会話をしている気がします。でも、心強かったりもします。だって一番「あんたはすごい」と思ってくれているのが私の中に居るんだもの。

「情けない」と思う時には、次の瞬間「一番信じている私がまだできるって言ってくれている」と思えるようになりました。
とは言え、最初に言ったように物理的限界はあると思うので、その辺りはバランスとりながら、やりたければとことんやってみる。駄目で協力者が居ると納得できれば、自分から協力者を求めるだろうから、それでいいのかなと思い始めました。

私自身は計画性のある人間ではないのかもしれません。だったら動いてみて、情けないと思いながらも、自分に励まされて、頑張れるところまで頑張ってみる。駄目なら助けてと声をあげてみる。それでいいのかなと思えるようになりました。

気持ちの持ち方や考え方次第で、何かが変化したわけでもないのに、こんなに楽になるんだなと感じました。
以前も感じた事はあったけれど、「情けない」って思うたびに、自信がないんだなあと思っていたけれど、逆だったんだと思うと、なんだか自信過剰だったのかもしれない自分が笑えてしまいます。「なあんだあ、自分のこと、思い切り好きなんじゃん!」というように。

あなたが自分に対し、ネガティブな発言をする時、実はそれ以上だと思っていたのに違っている自分に幻滅しているだけだったりしませんか。それが全てじゃないにしても、そんな事があると思うと、本気で「自信がない(自分が信じられない)」ことって少ないのかもしれませんよね。
自分の声を、大切にして、自分を信じて、進んでみるのも悪くないと思いませんか。怖いこともあるけれどね・・・。

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