何を期待されているのか

「人生に何を期待するかではなく、何を期待されているかだ」と、『夜と霧』のフランクル氏の名言をTVで観ました。Facebookやツイッターでも投稿しましたが、これに通じるなと思う事を先日も体験しました。

たまたまテレビをつけたら出会った言葉。娘も居たのですが、娘にも期待を話すと、お母さんの期待は小さすぎると言われてしまいました。が、大きい小さいではないけれど、何かを期待されると言うのは大きいのだろうなと思いました。

というのは、先日のことです。
とある企業様のチームが、「私達のチームの存在意義を見いだせない。だからこのチームはもう終わります。」というのです。
私もこのチームに絡んでいたのですが、途中から見守るだけの立場になってしまいました。
絡んでいたからという事は差し引いても、そのチームの存在はその企業様にとって非常に大きいと感じていましたし、今も感じています。なぜなら、今まで全く動いてなかった事を、そのチームが自ら、しかも仕事とは別のプロジェクトで、自発的に動きを起こしたからです。

何十年も動いていなかったことが、新たに動き出す。しかも、上司からの指示ではなく、自ら考え生み出してきたものが・・・。
小さな一歩に見えるかもしれませんが、これは間違いなく大きな一歩だと感じました。

ところが、この結果が見える形にして報告しても、上司が一向に反応しないのです。
多くの職場がそうではないでしょうか。けれど、このチームが生まれた背景には、経営者の思いも込められていたはずなのです。にもかかわらず、その経営者からも反応がなかったのです。

「いったい、私たちは何をしてきたのだろうか」
まさに、期待していたものもあったでしょうが、そのこと以上に期待されていると思っていた事が、違っていたんだとそのチームの火が消えていくようでした。

話を聴いて、私は何も言うことができませんでした。
その話を聴く前に、たまたま「ダメ元でも頑張りましょうよ。頑張って駄目ならまた改善策や次の手を考えていけば良いですものね。」と別の人に話していたところ、「みんなsmilecoachさんのようには強くないですよ。叩き上がってきた人だから言えるんですよ。この失敗が次の成功を導いていくってことは、私達だって解っていますよ。でも、解っている事と実際に体当たりしてみても動じないものにぶつかっている感覚に挫折しないで続けるのとは違うんです。私達は、乗り越えた事がないですから。」と言われたのでした。

前向きなつもりが、この人達を追い詰めてしまうように感じる事もあるんだなと感じたばかりの私には、チームに対し「それは悔しいよね」という共感はできても、「でも、これからですよ」と前向きな発言をしていく事がためらわれてしまったのでした。
強制でもないチームだから、そのチームが自分たちでやろうと思わない限り続かないという事が解っていますから、言えなかったです。
それでも伝えたのは、先ほど書いたように「このチームが今まで何も動かなかったものを動かした。それはこの会社にとって大きな一歩だし、期待されたものの大きな成果だと思います」とは伝えました。

本当は続けて欲しい。けれども、今はきっかけとなった事柄から気持ちが治まるまで、見守っていたいと思います。

せっかく出た芽をこのまま枯らしてしまっていいのか?
直接的に関われないと思い込んでいる私の関わり方に問題があるのか。だったら私も何かできることがあるはず。
今、私は何を期待されているのか。期待されてないのかもしれないけれど、「期待されていることがあるはず」と思うと、自然と前向きに成らざるをえない私がいます。これも私だけなのでしょうか。

答えは出ません。
が、私は「期待されている」と思って、前に進んでみようと思います。「期待した」ものは返って来なかったと思う人達も、「何を期待されているのか」をもう一度一緒に考えられたらいいのになあ。まだできることはあるはず・・・。

あなたは、どう思いますか。
あなたは、何を期待されていますか。

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