「これが精一杯です」はほんと?

よく部下に無理難題をお願いしてしまう私。「もう無理です。精一杯です。」と言われるのですが、「そうだよね。頑張ってくれているもんね。ありがとね。でも、ちょっと考えてみてくれない?」と言ってしまうのです。結果、どうなるのか?

多分、無意識に私は、「考えてみてくれない?」と言う部下が、名案を運んでくると信じているのです。そのことも含め、部下に伝わっているのだと思いますが、早いと数時間、遅いと一日後には、「こんなことを考えてみました」や「検証してみたのですが・・」とアイデアを持ってきてくれます。

私は「やってみよう」と言うだけ。いい加減に見えるかもしれませんが、やってみないと解らないと感じているからです。やってみて駄目ならまた考えればいいし、「やってみよう」と言った以上、私が責任を持てばいい。単純だと思いますが、部下の可能性を信じたいだけなのです。

そしてやってもらうと、「精一杯」だったはずのものが、更に良くなっていくのです。時に時間あたりの生産数が上がったり、時に少人数で同じ仕事ができるようになったり、同じ人数で1.5倍の仕事ができるようになったり・・・。

「精一杯です」と言えるほど、部下が頑張ってくれているのは解っていても、「そうだよね」といってしまったら、何も変えられなくなってしまいます。
変える時には、限界を超える事をお願いした時に、発想が変わり、行動が変わるのだなと感じました。

最近、本を読んでいたら、同じような事が書いてありました。それは、2倍のタスクを要求することでした。
出来ない理由を言わせるのではなく、その時の本当の限界が見えてくるからなのだそうです。全てを見せてしまうと、いつもそこまで要求されるのではないかと、部下は余力を持って上司に報告をすることが多いそうです。ですから、本当はどこまでできるのかが見えない事が多いのだそうです。

それが「2倍」と言われたら、「ここまではできるけれど、これ以上は無理」という事の「ここまで」というものが、今までより引き上げられるそうです。しかも、「2倍」と言った以上、その2倍のタスクを目指して、いつもと同じやり方で無理ならば、違うやり方を発想することを要求するそうです。

読んでいて、なるほど!と思いました。
私の中での要求は1.2倍のくり返し(達成できることを繰り返していくこと)をしていましたが、いきなり2倍と言ってしまっても良かったのかなとも感じました。

いづれにしても、「これが精一杯です」というのは、今のやり方での精一杯なわけですから、鵜呑みにしてはいけないんだなと思いました。
誤解無いように伝えておきますが、部下は嘘を言っているわけではないんですよね。精一杯毎日続けられる範囲で自分の限界を伝えてくれているし、それに従って精一杯頑張ってくれていると思っています。

けれども、違うやり方で、更に良くしていくという改善や変革を行なっていくためには、部下の言葉以上に、可能性を信じたいと言うだけです。

そして、そういう自分もまた、一つの事をする時に「精一杯」という言葉を使うけれど、今日の精一杯であって、次の瞬間からはまた違う発想をしたら、精一杯でなくなっているかもしれない。そう思っています。

今のやり方、今のスタンダードの「精一杯」は本当なのだろうけれど、コンフォートゾーンを抜け出すという言い方をされますが、いつもと違う発想で可能性を信じて、「今の精一杯」を抜け出す言葉を人にも自分にもかけていきたいものです。

あなたなら、どんな言葉をかけてみますか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました