ある意味データより正確?

昨日(2011年4月10日)はコーチングの勉強会でした。そこで、ツールを使って自己診断をするものがあり、自己診断をしたわけですが、その前に人からどう見えているのかを伺った後にそのツールを使いました。結果として、出てきたのは、ツールを使わなくても既にある程度は見えているじゃない?という点でした。

150枚前後あるカードに書かれたものを仕訳しながら、自分自身の本質を観ていくツールなのですが、これもその時の状況や環境によって左右されることもあるでしょうし、基準がその時によって違うものもあると思います。

そのために、毎回結果が一緒にはならないだろうと思いますが、きっと何度やっても変わらないものが出てきたら、それが本質なんだろうと思います。

とは言え、昨日は1回をしたのですが、その前に5分で見えたその人の人柄などと、そのカードの結果が近いものになるんだという事を確認し合えたのです。
ということは、ツールを使わなくても人は人を見極めることもできるんではないかという事です。とは言え、言葉の表現として、どういう言葉に置き換えるのかが決められていると、分けやすいというツールの利点もあるように感じました。

また、ツールであれば、誰でも一定水準の仕訳が可能ですが、人に関しては、磨いていって精度が高まっていくものだと考えられるので、人の観察を常にしていることが重要になってくると思います。その中で、言葉や表情などから感じ取れるものを感じ取っていくことが大切なんだろうと思いましたし、その人の強み(その人らしさ)に焦点をあててみていくことが大切なんだろうと感じました。

話しそのものを聴いてもらうこと以上に、その人自体を知ろうとする聴き方の方がより「相手」を観る事ができるんだろうなと思いました。これは、私自身も自分を観てもらって感じたことだから、いえることなんだと思います。
決め付けられてしまうのはありがたくないのかもしれませんが、その人をより知ろうと思う時に、ツールを使って、データから観られるよりも、五感を通して全体で伝わることのほうが無意識な自分を捉えられるのではないでしょうか。そうなると、思考を使うツールのものよりも、無意識を感じられる言葉にならないものまで表現できる伝わるものを感じることの方が、本質に近いものを観られるのではないでしょうか。

昨日を通してみて、改めてそう思いました。

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