少しでもあなたの近くに居たい

昨日、小さい頃からお世話になった医師M先生の告別式でした。
改めて奥様とM先生との関係から、感動を覚えました。幸せってこういうことなんだなあと。

本当に小さい頃からお世話になっていたM先生。
内科の先生なのに、怪我をした時にも「M先生じゃなきゃ嫌だ」と泣きわめき、運び込まれた病院にも迷惑をかけましたが、あまりにも頑ななので、M先生がうちへ来なさいと、診療外の時間、専門外なのに対応をしてくださったのは、どうやらM先生ご家族に今でも語り継がれているそうです。

そんな先生ですから、用がなくても遊びに行っても、裏口からナースステーションに入れてもらって、先生の診察風景を眺めてみたり、上品な奥様に、ジュースを頂いたりしました。

当時からご夫婦は素敵だったのですが、晩年は認知症になられたM先生に、奥様がつきっきりで寄り添っていらっしゃって、それでも文句一つ聞いたことがありません。
「近くにいられるだけで有り難い」「素直に気持ちを言ってくださるから嬉しいのよ」といつものように微笑まれている奥様。素敵でした。

そんな先生が、先週の10日にお亡くなりになられ、いろんなご功績もおありですし、ご家族とのお時間もあり、16日に告別式となりました。
それでも奥様は、「話せなくなってしまいましたが、こんなに近くで最後の時間を過ごさせていただく時間をもらえたのは幸せです。毎日隣で寝てます。」と・・・。
そして、「少しでも長くあなたの近くに居させてもらえて、最後まで感謝しかない」とおっしゃいました。

思わず目頭が熱くなりました。
私はそこまで人のことを深く愛せているのだろうか。きっと違うな、と。

私の母も父との介護の時間を幸せと言っていました。深く相手を愛する人を近くで二人観させてもらい、思わず自分が愛情だと感じているものの薄さ?浅さ?に気付かされました。
パートナーがどうのという事ではないです。
「みんなのために」と動いていた、M先生や父。その傍でそのM先生や父を支えていた奥様や母。
「みんなのため」と言いながら、それは私のエゴでわがままだと知っている私は、傍で支えてきた人達の愛情こそが、M先生や父が自由に好きなことをできたエネルギーだったろうと今改めて感じます。

だったら、私ができるのは、誰かに何かを伝えるだけではなく、誰かをもっと愛することなのかもしれないなと・・・。
凄く大きな事を言っているように聞こえちゃうかもしれませんが、できてないことを自覚しているからこそ、改めてそう感じている今があります。

子供への愛し方。私、これでいいのかな。
お客様への愛し方、これでいいのかな。
つないでくれている方々への愛し方、これでいいのかな。
ふといろんな事が思い起こされます。

M先生は、奥様を通して、そんな事を私に教えて下さったのかもしれません。
M先生、奥様、本当に永きに亘りおせわになりました。
これからも、M先生は心の中で、父と共に生き続けます。そのたびに、今のこの思いを思い起こさせていただこうと思います。
そして、奥様、お母さん。素敵な愛を近くで示してくれてありがとうございます。
これからも長生きしてね。

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