リーダーは欲張りになる?

リーダーに限らないかもしれませんが、欲は尽きないものですね。
殊更、リーダーにおいては、「もっともっと」になるものなんだなと痛感します。

この一ヶ月以上、新人研修に携わる機会も多く、また新任リーダーにも出逢ってきました。
中小企業にお邪魔すると、リーダー自ら新人への思いも伝えてくださいました。
その言葉を噛み締め、私も新人の成長に携われる機会をいただいた責任を全うするために、その場ではリーダーとして関わらせていただきました。

そうすると、毎度のことながら、「これは私のエゴなのか?それとも教育なのか?」と迷う場面に出くわします。
ここまで出来れば良いじゃないか、と言われても、「ここまで出来るなら、もう少しできる、もっとできる」と欲が出ます。
私の欲だけなのか、それとも、新人であれば基準は超えているし良いのではないか。いや、この機会にしか関われない人たちに妥協はしたくない。
欲張りなのかもしれません。
けれども、新人も熟練も職場に出たら、同じプロとして扱われるのですから、外部が関われる基本的な事くらい、しっかりとこの場でできるようになって欲しいと思ってしまいます。私のエゴ??

そんな問いかけを自分にしながら、答えは出ぬままいつも関わるのですが、最近ふっきれました。
エゴなのか、そうでないのか、が大切なわけではなく、エゴでも良いから、妥協しない真剣さが、この眼の前の人たちに「自分達で高めていこう」という意欲を与えられたらそれで良いのではないか、と。

ある意味、リーダーが欲を失ったら、メンバーは成長を止めるようになるのではないかと。
「うちの部下達はよくやっているんだよ。でも・・」と、「もっと」が着く経営者やリーダーが多いのは、凄く良い事なんだと・・・。

けれども、成長のための欲なのか、単なる個人的な「エゴ」なのか、は、違う気がします。

辞書でひいてみました。

エゴとは

1、自我、自尊心
2、利己主義な考え(自分の利益だけを考えること)
3、利己主義な人

利己主義とは

自分の利益を最優先にし、他人や社会全般の利害など考えようとしない態度。自分中心。

つまり、欲といっても、自分のためになっているだけで、お客様や周りの人のためになっていなければ、表面的にリーダーとして振る舞っているように見えても、それはエゴ。より良いサービスを提供するためのものではない。

自分の拘りを押し付けてしまってないだろうか。
ある本で、「親は自分の世間体のために子供を縛ろうとする事も多い」と書かれていたのを見た時から、リーダーも同じような事が起こっていないかと振り返ろうと思いました。
周りも含めた「もっと」と言う欲なのか、自分のエゴなのか。この事を問いかけながら、関わる事で、周りのために動けるようになるのではないでしょうか。

私は、周りに求められると、その求められた期待に答えたくて頑張るというエゴがあります。
けれども、そのエゴだけに振り回されると、見ているのは、期待をしてくれた人であって、目の前の人ではなくなってしまいます。
今、私が見ているのは誰なのか?

そのことを考えてみると、エゴかどうかも見えてくるのではないでしょうか。
人にエゴを押し付けようとしてもバレます。
自分自身のエゴを押し付けていないか、という問いを持つこと自体、自分の関わり方を修正するきっかけになると思います。

あなたはリーダーをされている場面で、エゴを押し付けてしまっていることはないですか。

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