誰かに認めてほしいんだなあ

今朝から身体のメンテナンスで病院に行っていました。
が、ちょっと無理をしていたのか体調に影響が出ているのは気づいていました。何とかやり過ごしていたのですが、今日はお医者様に「ここ数か月で一番ひどい状態ですね」と言われて、ショックどころかなぜかうれしかったのです。

「解ってくれるんだあ。ありがとう。」
そんな思いでした。

無理しなくてもいいよと言われても、無理しているつもりはなくても「最善を尽くそう」としてしまうので、結局後から「無理しちゃったかも」と反省。
その連続で、体調が回復しづらくて眠れないので、悪循環が加速。
「今日行くしかない」と思って、メンテナンスに行ったら、「ひどい状態」と言われた上に「頑張っているんですね」なんて言われたら、目頭が潤んでしまいました。

その後、検査もしつつ、少しリハビリのような事もしてもらい気持ちも体もリラックスできています。

ああ、情けないほど「頑張っているね」って言ってもらいたかったんだなあと感じました。

その感動があるからこそ、頑張っている人には「頑張っている」と言うことを察知して、伝えたい、という思いも一段と強くなっています。

無理をしていることを悟られたくはないのに、頑張っていることは認めてほしい。
微妙なラインの認められる言葉が、本当につらいほど頑張っている時に「頑張っているね」と言われる事だったんだなあと私自身の褒められたいポイントを見つけた気がします。

人それぞれではありますが、きっと認められたい欲求は少なからず誰にでもあり、そのポイントがどこなのかはみんな違う。けれども、自分が知っているポイントには敏感になれるだろうから、私は頑張っている人に、その姿をそのまま「頑張っているんだなあ」と思ったときにはちゃんと言葉にしたいと思います。
そして、無理をしちゃう人にも敏感なのかもしれないので、無理をしていないかも確認をしたいと思います。本人が気づいていない部分だったら、その部分がこうなっているよ、という見えている状態を伝えてあげたいです。

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