動かされているのか動いているのか

昨日は日本アクションラーニング協会のコーチ養成講座がありました。私はサポートコーチとして参加しているのですが、毎回サポートに入るたびに、そこに参加している人達からも多くのことを学びます。昨日もまた気付かされたことがありました。部下育成にも関わることなので、シェアします。

言葉だけではなかなか伝わらないのですが、チームが本気で自分の課題について一緒に考えてくれて、アドバイスではなく、自分の考えを引き出そうとして、問いかけてくれて、自分なりの回答を出せたとき、仮にいつもと同じような回答になってしまっても、「よしっ、やるぞ」という思いの質が違うという事が話されました。

つまり、行動するのには納得感って必要なんだろうねという話になりました。

どれだけ親身になってくれる上司であっても「こうしたらどう?」と提案されても素直に聴けるんだけれど、それが自分に真剣に接してくれて、自分の中で納得して出された行動だと、その行動がたいしたことでなかったとしても、全く向かう姿勢は変わる。仮に、それが上司の提案してくれる行動と一緒だったとしても全く違う。回答を出すのに関わってくれた人達への宣言であったり、納得感であったりが、「内発的動機付け」に繋がっているということを、そこに居た人達が体感しました。

リーダーに求められているのは、「内発的動機付け」にどう関わるかなのかなとも感じました。

そのためには相手のことをしっかり聴いて、アドバイスをしてあげるだけではないという事です。全く知らない人には教えてあげることや、アドバイスも必要なのでしょうが、自分で出来る人にいつまでもアドバイスをあげるのではなく、その人の「やる気」に関わっていく事が求められているのかもしれません。

しかし、「やる気」は人によって違うから、その人のことを知ろうとして問いかけている質問が、結局はその人自身の気付きを促し、結果として行動を変えていくようです。その瞬間に何が起こっているのでしょうか。「あっ、ここをこう考えれば動けるな」とか「何だ考えすぎだったのかも」など、自分を縛っていたものが解かれているようでした。それを「納得感」という言葉にさせてもらったのですが、自分を縛っているものに気付くのは、なかなか一人ではできないからこそ、関わってもらう人が居る事で気づく事ができる。

アクションラーニングでは、その人のそもそもの問題はどこなんだろう?と一緒に探す段階で、その人のことや置かれている状況を深く広く知ろうと問いかけていきます。それが問いかけられて人にとっては、自分自身に問いかけ、自分を見つめて、結果的に自分の「前提」が外れていくということが起こって、納得をしたうえでの行動に変化していくように感じました。

人に動かされている感覚ではなく、自ら「動きたくなる」感覚へと変化している事を体験できたようでした。

改めて、問いかける意義を感じました。そして、そこにいらっしゃる方々から、こうした気付きを伺えたのは楽しい体験でした。私自身もサポートで入りながら、一緒に参加してみる受講者から学んでいました。とは言え、そこに参加される方が、職場でも使えるようになるコーチになれるよう本気でサポートしたいと思いました。これも私自身に起こった「内発的動機付け」だったのかもしれませんね。

あなたは、納得して動けていますか。

周りの人達を無理矢理動かしてしまっていませんか。

コメント

  1. どんなに強制された抑圧された行動であって、最終的にはその行動を取った主体は自分なのダ。そして、その状況でベストと判断した行動なのダ。
    そう考えることがイイと思うようになった今の僕。

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