ほんとに無理なのか?

無理って言えたら楽なのになあ。と思うことってありませんか。
それとも、既に言ってますよ、という方もいらっしゃるでしょうか。

いづれにしても、「全く無理じゃない」という人の方が少ないと思いますし、たまにはそこまで挑戦もしていただきたいなと私個人としては思ってしまいます。

凄く無理と言いたくなるけれど、やるしかない時というのは、精神的なストレスも大きいですよね。
けれども、どこかでやれている人が居るんですよね。きっと。
そう思うと、「無理」と言うのが嫌になります。

「無理してでもやってみる」という無理に変えてみたくなります。

多分、負けず嫌いが影響しているのでしょう。
けれど、そういう性分じゃない人たちはどうされているから、クリアされているのでしょうか。

観察させていただいて見えてきたのは、「分析」をしっかりされている事です。
だから現状が解るだけでなく、小さな変化も見逃さないため、少し前に進んだ、という事を自覚できているようなのです。

分析って現状をどう把握するのかというレパートリーがないと、結局今後に繋がるヒントは増えなかったりするんだなという事にも気付かされました。

父の生前に、「無理って証拠を見せろ!」と言われたことがありました。
「そんなの無理」と思い、証拠が見せられないから、泣く泣く続けた事がありました。
結果的には、有難い事でしたが、結局、あの時も「分析」の方法を私は知らなくて、ただただ気合で頑張ってしまったなあと。

無理だと思う時って、散々頑張っているんですよね。
でも、どうしていいかが解らないんですよね。先の手を探す時に、もちろん視点を増やすための方法はたくさんあるのでしょうが、変化が見えるためにも、やはり分析は必要なんだと思いました。

さて、そんな分析がしづらい事に関わる事も多いのですが、「無理」と決めつけず、何か現状を把握できる方法を模索したいと思います。

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