売り言葉に買い言葉

改めて、自分の言葉が、相手を通して自分に戻ってくるんだなあと感じる事がありました。
親子の会話などは良い例です。
娘に少し言い過ぎると、「うるさい!」と返ってきます。でも、同じ言うでも「心配しているんだけど」と気持ちと一緒に伝えると、答えてくれたりしました。
隠し立ての要らない親子だと解りやすいけれど、そうでない場であると、隠れた気持ちはどこで爆発させるのでしょうか。

先日、あるリーダーとお話させていただきました。
「うちの社員は、本当に素直で一生懸命な人達ばかりなんです。でも、私に意見するくらいの人が居てもいいんだけどなあ。」と仰ってました。度量の広い方なんだろうなと思っていると、部下が報告書を持っていらっしゃいました。

すると、報告書を渡された瞬間に、「今渡さなきゃいけないのか?私は今、smilecoachさんと話しているのに、後からでもいいだろう。」とまず一言。その後に、急ぎだと解ると、目を通して「急ぎなんだろ。まあ、直したい所はあるけど、これで出していいよ。」とおっしゃいました。

部下は恐縮しつつ、その後の仕事をされていたようでした。

そのリーダーが「すみません。ほんと判断力もなくて、私に全部聞きに来るんですよね。」と。

思わず、「もしも、自分たちで今のも処理されていたらどうでしたか。」と伺うと、別にいいよと言いながら、後から文句を言っちゃうかもなあと笑いながら答えて下さいました。

私も「そうなんですね。では、部下はやっぱり聞くしかないですよね。後から言われないように、事前に聞かれているんですものね。」とお伝えすると、リーダーは、「失礼な。私がそうさせていると言うのか。」と私に怒っていらっしゃいました。

私に長く感じられる沈黙が続き、バツも悪いので、帰ろうとすると、「あなたの言う通りかもしれないな。私があなたの言い方に対し、イラッとして攻撃的になったように、社員は私に言われないように、先手を打っているんですね。違うように見えて同じだな。売り言葉に買い言葉って奴と一緒だ。私が社員をそうさせてしまっているんだな。」と。

私は、今度は、先ほどの言い方のお詫びをお伝えした上で、売り言葉に買い言葉になってしまうのは、無意識だと沢山あるんだろうとお伝えしました。

すると、「いや、売る方が意識をすれば、買う方も変わるはずだから、ちょっと気をつけてみるよ。」と、視線も合わせず仰って下さいました。
相変わらず、バツが悪いままなので、もう一度お詫びを伝えて、退散しようとすると、「ありがとね」と一言伝えて下さいました。
「言ってくれる人が少なくなっているから、言ってくれる人が居ることはありがたいことだよ。これからも宜しく。」と。

やっと私にも笑顔が戻ったようで、リーダーは「良かった。すまなかったね。嫌な思いさせたよ。」と。私も「こちらこそズバズバとすみませんでした。早速、かけて下さるお言葉に安心しました。これも売り言葉に買い言葉の効果ですかね。」と。

お互いに、和んで終わりになりましたが、私はお恥ずかしながら、親に怒鳴られて育ったせいか、怒鳴られるとその場でフリーズしてしまったり、逃げる方法を考えたくなってしまうのです。
でも、本当は、そのリーダーがしてくださったように、向き合う方法を考えなければならないのでしょう。でも、まだまだ反射的に逃げてしまいます。
そのリーダーのお声掛けで、これからも仲良くさせていただける事に感謝です。

沢山怒鳴られて、沢山修羅場はくぐってきたつもりでしたが、対等な関係で、安心していると、身構えてない分、無意識に逃げてしまいたくなる自分が居ました。

でも、あまりよい言葉として使われない「売り言葉に買い言葉」も、自分の接し方によって、相手の反応が変わる、と思えば、私も普段でも、黙りこんでしまう気持ちもお話できるようになれたら、少しは変わり始めるのかもしれませんね。

私は、改めて部下にどんな関わりをしてきたのだろうか。
脆い自分を見せたくなくて、よろいを被っていた時には、やっぱり距離が近づかなかったのは、そのせいだったんだろうなあ。

研修講師になって、コーチになって、3年位した時でしょうか。
「smilecoachさんは、近づき難い。もっと自分に素直になってもいいんじゃないですか。」と仰って下さった方がいらっしゃいました。
その方のおかげで、自分をさらけ出せるようになって、「近づきやすい」と言われる自分になれました。

部下との距離、その後に出会った方々との距離、その変化などを思い出して、相手に与えている影響というものが、自分に跳ね返ってくるんだということを改めて感じました。

どんな場面でも全てをさらけ出すわけではないにしても、相手と築きたい関係を、自分から作っていく言動として、気をつけていきたいと深く胸に刻みました。

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