「できない」と思うことは悪く無い

先日、前の職場での辛かった日々を夢に見ました。
きっと、自分が今「きつい!」と思っているからでしょう。だから、思い出したんだなと思います。

前の職場では、本当に多くの事を任せていただきました。
事務兼秘書から始まり、私の好奇心が故の現場の応援。
上司のあり方に不満を持って不公平だと言ってみたら、「じゃあやってみろ!」とやらされた営業。
営業で成績が伸びたら、現場に「もう無理」と言われて、ぶち当たった壁。

「無理と言うんですよ~」と上司に話したら、「じゃあ、このペースで仕事が来るなら採用しろ」と採用に携わり、そのために営業活動も一段と大変にもなりました。人一人の採用の重さを感じるだけでなく、その分の仕事を常に確保、増大させる事の大変さを身をもって体験しました。
新しい人も増え、仕事も増えれば、トラブル対応も増え、更に仕事は大変になる一方。

これ以上は無理です。一人部下を付けて下さい!とお願いしたら、パソコンが一台与えられました。(笑)

そのたびに、「できないよ」と嘆いてみる。
でも、嘆いても進まなければならないから、業務を工夫する。業務を工夫して限界が来るから、発想の転換が必要になる。
発想を転換しても、自分の中の発想だけでは足りなくなるから、勉強して、発想を広げる。
この繰り返しでした。

でも、これが、私を成長させてくれただけでなく、周りの人とともに成長するきっかけになったと思います。

おかげで、部下や同僚にも「できない」と言われても、「どうしたらできる?」と相手の飛躍を信じて、言えるようになりました。
きっと、相手には「鬼!」と見えた事でしょう。

でも、今、新たな仕事で、「ハードだ!」と思う状態の一瞬を過ごしています。
まだ一瞬ではありますが、年々この瞬間は増えてきています。
だからこそ、あの繰り返しなんだろうと思いました。

そんな事を思い出しているうちに、「効率化」では何ともならなくなってきたから、そもそもの「やり方」を考える時期に来ているのだなと思いました。
やり方を変えるためのツールはまだあると考えています。だから、そのツールを使って、やり方を変える時期なのですよね。
或いは、そもそもの「考え方」を変換する必要もあるのかもしれません。

「きつい」と思い、見た夢が、私の「できないなあ」と思うサイクルのスタートに立たせてくれたように思いました。

「できない」から、どうするかを発想を変えていく必要がある。発想が自分に無ければ、学ぶ必要がある。
「できない」と思うこと自体は、自分のステージを変えてくれるチャンスなのではないだろうか。

あなたは、どう思いますか。

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