今の事に真剣になっているか

Facebookページにも書いたのですが、私自身の中3の時の日記にこんな一文が・・・。
「目の前のことにさえ真剣になれなければ、先に真剣になれる機会は訪れない。」
自分の言葉でありながら、改めて心に響く言葉となりました。

たまたま、その時その時を真剣に行動し、関わっていると、ご縁はまた巡るものだなという事がありました。

それは、7年以上前に出会った方なのですが、今思い出していただいて、またご縁が繋がっている事を感じさせていただきました。

私は、すごく不器用で、ご縁を広く繋げていくような振舞いができなくて、とにかく今目の前の事に真剣に向き合う事でしか表現できないと思っています。
だからこそ、一段と苦手な所ではなく、自分らしく、目の前の事に真剣に、そして真摯に向き合う事をしていると思うのです。
ですから、今回の7年以上も前にお会いした方であっても、凄く良く覚えています。でも、その間のコンタクトはほぼありませんでした。「どうしているのかなあ」と思っても、タイミングがつかめなくて、結局は見守ってしまうのみ・・・。

けれども、こうしてご縁を頂いた時に、ふと「あれ?こんな事を中3の頃に思って書いた記憶があるなあ」と荷物をあさって見てみました。
すると、忘れもしない思い出と共に、
「目の前のことにさえ真剣になれなければ、先に真剣になれる機会は訪れない。」
という言葉が・・・・。

あの時から、私は同じ事を信じて来たんだなあ、と感慨深かったです。
広くつながれる人にとっては、受け身のような言葉に聞こえるかもしれませんが、私にとっては、その一瞬一瞬を大切にしよう!と思った記憶の一言だったのだと思います。

当時は、馬鹿みたいにみんなのために嫌われ役を演じてみたりしました。仲良くしたいのに、私含めたこれからの私達のために!と正義感ぶって強がって、内心は辛くて辛くて、どうしていいのか解らなくて、一人でもがいてみても、何をやっても思った結果は得られず、それどころか周りとの溝は広がっていくようにしか見えてなかったんです。何度も話し合って理解してもらおうとしても、「里江ちゃんが煩いから付き合うか」のような態度と言葉。気づかないフリをしても、心はボロボロだった。毎日毎日、日記に正直な気持ちを書き、その自分に自分で励ましの返事を書いた。(気持ち悪いと言わないで下さいね。)

けど、あるイベントで望んでた以上の成果をみんなで得られ、「里江ちゃんのおかげ」「ありがとう」という言葉をもらえた瞬間に、「みんなありがとう!」「一生懸命やってきた事は伝わるんだ」と思えたのです。

その日の日記には、嬉しい気持ちに、冷静な私が返事をしました。
その言葉が先ほどの言葉。

「思いを持って一生懸命やっていれば、きっとどこかで笑える日が来るよ。」
って言葉も好きだったのですが、これは、「笑える日が来る」のではなく、今となっては「辛い時ほど笑おう」と思っているので、少し変わっちゃったんですよね。
いづれにしても、中3でこんな事を書いていたんだなあと思うと、沢山の経験をしてきた自分を振り返る事ができました。

間違いなく、どんなに幸せに見える人も、環境的に苦労している人も、いろんな制約を抱えた人も、みんな何かしら悩んで、それを乗り越えてきているんですよね。
もしかしたら、その場その場に真剣じゃない人なんて居ないのかもしれません。

でも、改めて、大人になって、もしかしたらちょっとずる賢くなっているであろう自分への戒めにもなりそうな一言でした。

あなたは、今の事に真剣に取り組んでいますか。

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