感情に蓋をしない

仕事や生活の中で、感情って蓋をしてしまうことって多くないでしょうか。ずっと蓋をしていると無頓着になっていったりもするから怖いなと感じた事もありますが、溜め込んだものを吐き出す時のエネルギーは計り知れなくて、蓋を開ける場所を持っているといいのかなと感じる事が多々あります。

先日もありました。自分としては、一生懸命にやってきた事で、ふと相手のためにと思って発した言葉が、どうやら波紋を起こしてしまい、私って何やってしまったんだろう?相手を傷つけてしまったのだろうと、取り返せない瞬間を振り返っていました。

いつもなら「まあ、仕方ない。これから先を考えよう!」とすぐに思うのに、私が一言を発した事で相手は非常に引きずっていることを知ると、私だけ前向きなんて許されない気がしてきて、複雑な心境になりました。
前向きに明るく過ごそうと言う思いと、相手に申し訳なかったなと言う思い。これからどう接していこうかと言う不安。いろんな感情が渦巻いていました。

内容は話さないのですが、ふと「信じている相手を傷つけてしまったみたい。ああ、私って何て酷いんだろう。悲しくなるよ。」とパートナーにつぶやきました。

すると、「そうね。そんな事ばっかりだよね。でも、良いんじゃない?信じる事と頼る事は違うんだから、信じ続ければ。あなたらしく。」と言われました。
何だか目頭が熱くなりました。

「あなたの考え方や生き方は好きだよ。だから、変えなくても良いんじゃない?完璧もないし、相手のためにと思った事の受け止め方は相手次第だから、そこまで責任持ってたら、身体がいくつあっても足りないよ。」
細かい内容は聞かず、ただこうして言ってくれる事に感謝しました。

人を認めるってこういう事なんだよなと感じるだけではなく、感情をそのまま伝えて良かったと思いました。

感情を抑えてしまった時というのは、自分を正当化することに必死になって、とにかく自分の事を正しいと判断してもらおうと話しまくり、相手が肯定的な反応をするまで話し続けてしまうと思います。
けれども、「悲しい」という感情を口にしたことで、パートナーは内容よりも、私の在り方に目を向けてくれて話してくれたように思います。

きっと自分一人で消化出来る時も、「ああ、今悲しいんだな」と認められた時は、既に自分を客観視し始めているのでしょうね。
だからこそ、「うん、いつまでもくよくよしても仕方ない。」と次のステップに進めるのではないかと思いました。

ついつい、自分の中の「こうあるべき」とか「こう見られたい」などが、感情を抑えてしまうことが無意識にあるように思います。けれども、今回の事で、感情に蓋をしないで居られる場を作る事って大切なんだなと感じました。
こういう場が、家族の場であったり、コーチングの場であったりしたら、素敵だろうなと感じました。

世の中のネガティブな感情は8割以上だと言われています。けれど、ネガティブだと決めつけているのは自分達であって、悲しむ事も、悩む事も、淋しがる事も、怒ることも、そんな感情を持っている事まで否定してしまうのは、身体にも人間関係にも良くないのでしょうね。

きっと、まだ私の心ない一言で傷ついてしまった方は、今もそのことの感情を抑えながら、引きずってしまっているのかもしれません。
その後、お話もさせて頂きましたが、いっぱい話して下さいました。自分に変な形で跳ね返ってきたものもありました。それでも抑えられている感情は収まっていないのかもしれません。
私もその方の感情の蓋を外してあげたいのですが、その方はかたくなにその感情の蓋をとってしまう事を恐れていらっしゃいました。

いつか、そんな感情の蓋を外して見せてもらえるような人間に成長したいと思います。と、その前に、相手のためとはいえ、傷つける事のないように接することができる人間になる事が先決かしら・・・。

まだまだ未熟。だからこそ、こうした事も糧にしていきたいものです。
教えてくれた方と、パートナーに感謝感謝です。有難うございます。

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