もがいてみるのもいいのかも

私が、一生付き合う病気を持っていると解った時、正直言えば、今までやれていた事がやれなくなるショックが大きすぎて、かなり落ち込みました。
しかし、気づかなければやっていたんだろうと思うと、「できるはずだ」と思って、凄く頑張ってみました。それで解った事がありました。

それは、やるだけやってみたけれど、結局悪化するだけで、その後の治療に時間がかかるだけでなく、迷惑をかける人達が沢山いるという事でした。
それが解った事で、やっと「ま、これだけが私のやることじゃないな。」「まあ、騒いでみても直るわけでもない。気長に付き合っていくならば、まずは今までやれていた事が、やれないことが増える事を受け入れよう!」と思いました。

私の場合、一つが家族のためでもあるし、病気から来る極度な疲れやすさを軽減するためでもあるのですが、出張を今までよりも減らす事。

しかし、この事を一部の方々に伝えて変わった事は、出張を効率よく地域ごとにまとめて出掛けられるようになったこと。そして、出張しなくても、日帰りでできる仕事が増えた事、でした。

誰かの笑顔や元気に関われる仕事が大好きな私にとって、「仕事が減る」というのは、オーバーでなく「人生の楽しみが減ること」に値しました。だからこそ、焦りもありました。病気を憎んだりもしました。
でも、減った仕事はありますが、代わりに増えた事もあるのです。求める方向性がはっきりして、伝えられたら、変えていけるんだなと知りました。
受け容れられれば、その後の道は妥協することなく、新たに作っていけるのですね。

そして、もう一つ、私の仕事時の拘りでもあった、ハイヒールを履かないこと。
これは、前に立つ人としての拘りでした。体型カバーや、姿勢を正すきっかけになること、何より自分の中の理想イメージには必需品だったのです。
けれども、病気のために履けなくなるのが嫌で、研修中にぺたんこの靴とハイヒールを履き替えながら講師をしてみたり、講演の間はヒールだけど、移動や控室では全てぺたんこ靴にするなど、本当に色々試してみました。というより、もがいてみました。

けれども、自分がこだわっているだけで、周りは意外に気にしないものなんだなという事が解ってきたのです。
見てない。或いは「あっ、ヒールじゃないんだ」で終了。
なあんだ、私がこだわっている事なんて、大した事なかったんだあ。私って意外に見た目を気にする人だったのね。という事も知り、今はペッチャンコな靴で全て過ごせるようになりました。

今まで大切にしてきた事や、拘りや、好きなことだったりすると、どうしても変える事への抵抗があります。
けれども、すぐに受け入れる事ができないなら、思いきりもがいてみる事で、見えてくる自分も居るんだなという事が解ってきました。
そして、そのたびに、自分の器(受容力)が大きくなっていくように感じています。(あくまでも私見です。)

ある方が「女は40歳を過ぎたら、自分の言うことを曲げない。だから、扱いにくい。40歳までに柔軟性を身につけておかないと、可愛いおばさんやおばあさんにはなれないそ。」と仰っていました。
男女関係ない気がしますが、40歳を過ぎてからでも、気づけば遅くなさそうです。(笑)
曲げずに頑張ってみて、諦めがつけば、受け容れざるを得ないわけですし、思いっきり、もがけばいいんだなと思います。
どんな事であっても変わる時には、きっときっかけが必要なのでしょうから、その一つが「もがく」という事でも良いのではないでしょうか。

私は、結構、人に言われたら、「せっかく自分のために言ってくれているのだから」とまず変えてみる人だと思っていましたが、拘りや不安があるところには、やはりそうではない。
反対に言えば、拘りや不安がないから、やってみられたのかもしれません。
そのことが解って、今までを支えてきてくれた考え方に感謝しながらも、もがきながら、次のステップに進む感覚も悪くないなと思いました。

あなたも、変えたくない事があれば、おもいっきりもがいてみませんか。
その先にどうなるのかをイメージしても、そのイメージ通りにいかないことはあっても、納得いかないまま進むより、よっぽど得るものは大きいのではないでしょうか。
我慢しているだけでなく、時には思いっきりもがいてみませんか。

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