やろうと思った時が始め時

突き詰めて、突き詰めて、始めようとしても、始められない事ってこんなにあるんだなあというのが実感です。
まずは始めてみる。

無駄なエネルギーに見えるかもしれないけれど、凄く大切な事だよなあと思います。

誰でも、変えたいと言いながら、本当は変えるのが怖い。どうなるか解らないし、イメージすら持てない時もある。けど、目的やゴールイメージだけはあって、そこに進もうと思う時には、プロセスは全て、これからの糧になるんですよね。

頭で解っていても、何だか変えなくても良い理由を並べて、やらない方向へ進めようとしてしまう。

だったら、一歩前に進めてみないと、良いか悪いかさえ解らない。軌道修正を早めにすればいい。決断の連続の始まり。
だとしたら、「よしっ、やろう!」と思えた時が、始め時なんだろうなとつくづく考えます。一歩を踏み出そうとした時に、まず進んでみる。こうして今までやってきたのに、社会に影響を与えるであろうなんて考えてしまうと、エネルギーが沢山いる気がして、やっぱり腰が引けてしまいます。

けれど、朝起きて思いました。
先の事は思い描くものが大きくても、はじめの一歩が大きいわけではない。いつもと変わらぬ踏み出す一歩は、全く変わらない一歩。
だったら、既に踏み出しているはずの一歩だもの、もう一歩は怖くないよなあと。きっと私が恐れているのは、その先にあるものに対する尻込みだったんだろうと。

やろうと思った時が始め時。
そう思った時には、実はもう既に一歩は歩んでいるのだから・・・・。

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