改革に必要な存在

先日、Facebookの友達が、改革に必要な要素をまとめていた中で、必要な存在についても書いていました。それが妙に心に残ったので、記しておきます。

改革に必要な存在は、まさに「若者・馬鹿者・よそ者」だと。
「新しい目」「暗黙知のない目」「全く別の目」。
妙に納得してしまいました。

コーチングのトレーナーばかりが集まる研修の中で、ベテランコーチが「私達、いつからこんな有り触れた質問しかできなくなってしまったのでしょうか」と感想を述べた事がありました。

会社では、「もっと別の視点が欲しいのに、同じ視点からしか見れなくなっている。」と仲間と話した事がありました。

そんな事を体験した中で、まさにこの一言が変化を起こすものだなと感じた事でした。

私の中でも、自然と守りに入ってしまう事柄も多くなり、「この場では上手くやれないから静かにしていよう」とか「結果は決まっているから、無理しないでおこう」とか、別の事を考えてしまうと、結果としてチャレンジする事に二の足を踏む場面が多くなっています。
とは言え、結局やるのが私なんですが、それまでに時間がかかるようになりました。

せっかくだから新しいことにトライしよう!
と、トライして上手くいくと、今度はそれを守りたくなって、いつも同じ行動を取り始めてみたり・・・。

ちょっと新しい生活リズムをと思っているけれど、この所、自分が思い描いたようには行かなくて、ジタバタしている様子が自分にはあるけれど、ある意味、新しい事へのチャレンジには、失うものはなく、日々変えていけるので、もがいている事がストレスでもあるが、楽しみにもなっていることを感じています。

周りの人が「こうしてみたら?」と言うと、とりあえずそのようにやってみる。他人からの言葉だから、他人からの目線を感じてみたくなります。結局、やってみてからどうするかは、考えていけばいい。

娘から「なんでお母さんは●●なの?」聞かれる事に応えている事が、気づきを与えてくれることも少なくありません。

改革・改善・変革なんて言葉を使いながら、ついついその言葉を使い慣れてしまっているだけで、まもりに入ってしまうこともあるのではないでしょうか。

整体に言った時に、整体師さんが、「聴いた話ですけれど・・・」と話してくれたことも興味深かったです。

なぜ若年性認知症が増えたのか?
それは、脳を使っている頭脳労働者であったとしても、同じ部分の脳しか使わなくなっているために、他の脳の部分が退化しようとしているらしいと。
ですから、認知症の予防としては、普段使わない脳や、普段考えないことを考えてみる事が、脳への刺激になり、予防になると言うのです。
新しい場所へ行く、新しい人と出会う、いつもと違う散歩道を行く、会話をする、芸術鑑賞をしてみる、違う年代の人達と関わってみるなど、どんな事であっても、いつもと違う日常が、脳の違う部分を刺激するのだそうです。
事実であるかどうかは別だとしても、私の中では「新しい、別、突拍子もない」などが、今回の話に通ずる所が有る気がして、妙に納得感がありました。

チームでも脳でも、刺激が必要なのでしょうね。
その刺激を与えてくれるものが、「いつもと違う」事にあるとしたら、知らないうちに臆病になっているのかもしれない自分に気づき、ちょっと違う視点にも目を向けてみたいと私は思います。

その意味でも、今の生活リズムを新たに作っていく工程は、スリリングなのかもしれませんよね。

あなたは、日頃、ついつい守っているものってどんなことですか。

コメント

  1. wakuwaku より:

    スマイルコーチさん
    変わりたいけど、変わりたくない…、変わるのが怖い・・・。これも私たちの安全、安心の欲求なんですね。いつの間にか、つまらない生き方しかできなくなったなあ…と感じることもありますが、そんな自分にOKを出して、新しい風を入れる仕組みを作ることは、よいきっかけになると思います。
    わたしも、次のステージを目指して、若者、馬鹿者、よそ者を受け入る準備を始めたいと思います。

  2. coachsmile より:

    wakuwakuさん
    本当ですよね。お話してみて、改めて感じましたもの。自分の矛盾した欲求。
    今日も、普段読まないような本を読んでみました。すんなり入ってこないけれど、面白いです。

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